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5年

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職場からホスピスまで自転車で1時間。

夜は、水面にゆらゆら映る街の灯りが綺麗で、
朝は、頬に当たる風が冷たく清々しくて。

毎日通ったあの道の景色や、
声に出したかった想い、
自転車を漕ぎながら泣いて泣いて泣きまくった日々。

まるで昨日のことのように覚えている。

5年、早いなぁ。



仕事を終え、母の病室を開けると、どんなに遅くても
母は起きて待っていてくれていた。
私が晩御飯のお弁当を食べる間、たわいもない会話をした。

寝る前は必ず、あれはあっち、これはこっち、と
私に指示をし、綺麗に部屋の中を片付けて休む。

母が眠りについたらソファを簡易ベッドにして泊まり、
ほとんど眠れぬまま朝を迎えた。

母の朝ごはんである白湯を飲むのを傍で見て、
母の歯磨きをしてから、また会社へ向かう。

母と居られる時間はとても少なかったけど、
毎晩顔を見ることで、お互い安心し、
また明日へと繋がる希望を確かめていたように思う。

もっと頑張れたんじゃないか、もっとやれることはあったんじゃないか。
あの頃も、あの後も、何度も自問自答したけど、
きっと私にはあれが限界だったんだと思う。

時々思い出したように、このblogを開くと、
ありがたいことに今でもblogを見に来てくださる方がいる。

中でも母の記事、ホスピスの記事のアクセスが多くてビックリする。
私もあの頃、とにかく情報が欲しくて、最善策を知りたくて、毎晩毎晩ネットで癌のこと、ホスピスのこと、必死で調べ回っていたな…と。

最後はホスピスでの緩和ケアを選択したこと。
母も私も、家族も、とても穏やかに最後の1ヶ月を過ごせたこと。

最期の一呼吸まで苦しまずに、母が「生ききった」ことが、何より良かった。

今、同じように悩む家族の方が直面する、「選択」という場面で、私の拙いblogが参考になってくられば幸いです。

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by chiko129 | 2016-10-04 08:12 | 母の生きた証 | Comments(0)
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