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病室で眠る

この三連休。

毎日母の様子を見に行っていましたが、
日に日に衰えに加速度がついてきたように感じる。

歩くのが厳しくなってきたのも、
一人で立ちあがることが出来なくなったのも、
そうだけど。

今まで、ひっきりなしに思いつくまま話し続けていた母が、
土曜日、ぷっつりと話さなくなって。

相槌は打つけど、何となく上の空。

目も少し、虚ろになって。

その様子を、看護師さんに相談すると、
看護師さんも同じことを感じていて、
覚悟が必要な時期が近づいてきたことを、実感。


日曜日、
担当医師と、看護師さんと面会。

今後の体調の変化や、家族としての心づもりについて、
説明があった。

介助やお手伝いは、看護師さんがしてくれる。

家族は、今まで以上に、傍で付き添うことを大切に、と。

確かにそう。
近いうちに、話が出来なくなる日が来るだろう。

それまでに。
特別な話をしなくても。
日常会話ができるうちに。

ごく普通の、何気ない会話が
できるうちに。




夕方再度病院へ戻り、
一晩付き添いで病室に泊まり、会社へ。

寝つきが悪くて、少しの物音でも起きてしまう方なので、
2時間ほどウトウト出来た位だったけど。

この方が、楽かも・・・?

9時消灯で、早くから体を休められるし、
病院から会社へ行く方が、早いし。

何より、家に居るより、あれこれ考えなくて済むので。





仕事帰りに、もう一度病院へ立ち寄り、着替え。

いつも身綺麗にしていた母が、
体を拭くのも、髪を梳かすのも、はみがきも、
億劫でしたくないのだ、と。


それでも、パジャマと下着を、着替えさせてあげると、
やっぱり、すっきりするねぇ、と喜んでくれた。





今晩は、父がお泊り。
お互い無理のないように。





ホスピスに入ったお陰で、今まで気づかなかったことに
色々と気づかされる。

今までは、ホスピスは最期の住処のように思っていたけど。

誰に言っても、とうとうホスピスに入ってしまったのね、という風に、
変に慰められたけど。


実は、

本人だけでなく、
むしろ家族が、

亡くなるまでの時間を、いかに過ごすか、を
深く考え、行動するための空間なのだと。


本人にとっては、ホスピスに入ることで、
辛い治療に耐え苦しむよりも、何倍も何十倍もの、
安らぎや、周りの愛情で満たされるのだと。
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by chiko129 | 2011-09-27 01:11 | 母の生きた証 | Comments(0)
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